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子育て・教育

不登校と卒業・入学・進級

久しぶりに天気になったので、私の日課になっているベランダの洗濯干しをしました。家族に「よく働く人」という印象を持たせたい私の中のAC(アダルトチャイルド)がいてやってるナ、とわかっています。が、この頃はこの洗濯干しの5分か10分の間、自分一人になって心の中の自分と対話してるナ、とも感じています。これを系統的にやるとフォーカシング(自分の心に焦点をあてる)になるのかな。

さて、昨日も書いたように、いよいよ卒業・入学・進級のシーズンです。研究所にも、不登校のお子さんや家族から、“昨日校門まで行けた”“今日は体育館の後ろで式の練習をちょっと見られた”“保健室に行けた”というご報告があります。私も一人ひとりの方のお心に寄り添いたいと、必死の毎日です。

春の雪、卒業式、不登校

昨日、あんなにも降った春の雪も、積もるほどではなく朝を迎えました。

雪国の方のご苦労も思いながら、降る雪を眺めた昨日でした。

一方では、氷が溶けて湖上での釣りができなくて、何億円という損害を受けているところもあるとのニュース。

私たち人間が作ってきてしまった肥大した科学文明を反省したりもしました。

3月の雪、卒業式、不登校の子どもさんたちにとって、1つの選択が迫られる時期でもあります。

皆と一緒に卒業証書を受け取るか、校長室でもらうか、それとも…。

この子たちの決断を息をつめて見守っている親御さんたち…。

その息づかいが聞こえてきます。

ひな祭りとジェンダー(文化的、社会的、政治的、心理的につくられた性差)

3月3日。おひな祭りの日。

私は戦争中に生まれたし、時代も家も豊かじゃなかったから、おひな様を買ってもらえませんでした。

近所のお金持ちの家の外からつま先立ちして、何段飾りとかいうお部屋いっぱいのおひな様をのぞき見しては、ため息をついていたのを今でも憶えています。

おひな様とか、お姫様とかに、ずっとずっとあこがれていた少女(ずいぶん大人になっても、もしかしたら今も?)でした。

教育学や心理学を学ぶうちに、私たち女の子は、生まれたときからお姫様になるのには「おとなしくて、やさしくて、無口じゃなくちゃダメよ」と教えられて育ったんだ、と気づくようにようになりました。

白雪姫も、シンデレラも、人魚姫も、眠り姫も、皆みんなやさしくて、だまっていて(のどにリンゴをつまらせたり、魔女に声とひきかえに人間にしてもらったり、100年も眠っていたり)おとなしくしていないとダメだったんです。

王子様に助けられても、お姫様はその王子様が好きかどうか、書いてある本はほとんどありません。

けれども、

「その後、2人は幸せに暮らしました」

となっている不思議さに気づいたのも、ごく最近のことでした。

少女時代から活発だった私(おてんば!はねっかえり!でしゃばり!と言われていました)は、ずっと女としての生きづらさを抱えて悩んでいるのに、まだおひな様やお姫様にあこがれているおばあさんになっている(?)

女性が幸せでないと男性も幸せじゃないのになあ…。

昨日も今日も、ご夫婦やカップルが

「どうやったらうまくいくのでしょう?」

というご相談に訪れています。

中高生の“携帯漬け”という新聞記事(2/26朝刊)に思う

文科省が携帯を持つ中学2年生と高校2年生を全国調査したところ、「2割前後が食事や入浴、授業の最中に使っている」という結果が出たと公表した、という記事が、今朝(2/26)の朝日新聞に載っていました。

記事では、「文科省は“携帯依存が強くなると生活リズムが乱れる”と指摘している」と書いてありました。

私はこの記事を見て、何だか“変”という感じがしたので、自分の心のその“変”という感じに焦点をあててみました(フォーカスしてみました)。

すると「中学生や高校生がほしがりそうな商品を、次々と売り出しているのは私たち大人じゃないか!」という「怒り」を感じている自分がいることにすぐ気づきました。

ここ数年のインターネットの広がりは、今までの日本、いや、世界の歴史でも類を見ないほどのコミュニケーションに変化をもたらしています。

その一環としての携帯電話。

私たち大人がちょっと立ち止まって考えなくてはならないことが、山のようにある気がしました。

たまログ原稿

今朝は5時起きして、たまログの第2号の原稿を書きました。

私はホントいまだに手書きで原稿用紙に“書いて”るんです。

今回は「言ってはいけないその一言」のシリーズ1回目。

「あんた何してるの?!」の言葉を一日使わないで下さったら、きっといい関係が作れると思います、という提案です。

これは私のカウンセリング研究所に来た子たちの「言われて傷つく言葉」の上位にランクされている言葉なんです。

親子とか、先生とかとの関係ですが、私など他の関係でもやってるかも?と、自分で書きながら反省しました。

「藤井公先生を偲ぶ会」に出席

昨夜、昨年12月に亡くなられた藤井公先生を偲ぶ会があり出席しました。先生は埼玉県舞踊協会の名誉会長でした。また、私の研究所の協力研究者でもありました。そして私の長男・努のモダンバレエの恩師だったのです。

保育園の時、運動会で皆が花笠踊りを踊っている中で、一人だけジッと地面を見つめてベソをかいていた長男を、今ドイツ・ミュンスターの市立舞踊団のトップダンサーとして育てて下さった、奇跡の生みの親が藤井公先生なのです。

私は妻であり、先生とともに踊りの世界に生きてこられた利子先生に「公先生がお亡くなりになったとは思えないのです」とお悔やみを申し上げると、利子先生はニコッとほほえまれて「エエ、エエ、私もいなくなったなんて思っておりませんの。ほら、ここに、そこに、おりますでしょ。ずっと一緒。」とおっしゃいました。

亡くなった方は愛する人々の心の中、身体のそばに生き続けるのですね。

不登校 -学校に行きたがらない!-

2月7日発刊のタウン誌(フリーペーパー)「たまログ」に、教育Q&Aのシリーズが掲載されました。

case1は「不登校の克服-学校に行きたがらない!」というタイトルです。

内容は、「親は慌てて、学校に行きたがらない子を無理に学校に行かせることに必死になる気持ちはわかるけれど、

ちょっと待って!

一呼吸おいて子どもの様子を見てみましょう!」

ということから書きました。

しばらく前までさかのぼって、子どもに変わった様子がなかったか、けがはしてないか、文房具がなくなったり傷つけられたりしてないか、親も自分自身が何かでイライラして子どもに当たっていなかったかなどを考えてみましょう、と書いたのです。

そして末尾に『30分無料相談受けます』とメッセージしたところ、早速反響があり、何人かのご相談を受けました。

一人で悩まず、ぜひこの機会をご活用下さい。

お電話お待ちしております。

ゲシュタルト療法の続き

創始者パールズ(Perls.F.S)の作詞した「ゲシュタルトの祈り」をこのブログでご紹介したら“まりちゃんの友達の美弥さん”からコメントをいただきました。ありがとうございます。

この詩は「個」の自覚を大切にすることをテーマに作られていて、作られた当時、最後の「もし、出会うことがなくても、それはしかたのないこと」というところがさびしすぎるという人もいて、その中の一人、タッブズという人が「パールズを超えて」という詩を作りました。それが次の詩です。

*・ *・ *・ *・ *・ *・ *・ *・ *・ *・ *・ *・ *・ *・ *

もし、私が私のことをして、あなたがあなたのことをするだけなら、

お互いの絆も自分自身も失うこと明白である。

私がこの世に存在するのは、あなたの期待にそうためではない。

しかし、私がこの世に存在するのは

あなたがかけがえのない存在であることを確認するためである。

そして、私もかけがえのない存在として

あなたに確認してもらうためである。

お互いにふれあいがあるときのみ、われわれは完全に自分自身になれる。

私があなたとの絆を失えば、自己喪失も同然である。

私があなたと心がふれあうのは偶然ではない。

積極的に求めるから、あなたとの心のふれあいが生まれるのである。

受身的に事の流れに身をまかせるからではなく、

意図的に求めるから、心のふれあいができるのである。

*・ *・ *・ *・ *・ *・ *・ *・ *・ *・ *・ *・ *・ *・ *

私は何だか、さびしいけれどパールズ先生の詩が胸にグッときます。美弥さんやこれをお読みの皆さんはいかがですか?

箱庭でクライアント体験

昨日は小野寺敬子先生の「箱庭勉強会」でクライアント体験をしました。

私はいつもはクライアントさんが箱庭をつくるのを見守る役割なのですが、昨日は私が箱庭をつくりました。

縦57cm・横72cm・深さ7cmの木の箱の中に砂が入っていて、そこに自分で選んだミニチュアの家や人や木や花、動物、乗り物を置いていく作業を20~30分くらいします。

これをセラピーとして活用していく方法を箱庭療法と言います。

ほんとに面白いように、その日、その時の自分の気持ちが表現されます。

自分の意識では思ってないもの、潜在意識まで出てきます。

私は1年前にやったときは、とてもさびしい箱庭だったのが、昨日は花や木や動物がいっぱいで、小野寺先生が「大関さん、変わりましたね」とにっこり笑って下さいました。

初体験スターバックスと箱庭療法

こんにちは!!

今日はお天気がいいので気持ちいいです。

浦和カウンセリング研究所の仕事をスタッフの布施さんにお願いして、大宮へ来ています。

小野寺敬子先生(順天堂大講師)の「箱庭療法」の勉強会(NPO国際カウンセリング研究所主催)に出席するためです。

今、午前中の研修が終わり、お昼休みにこのブログを書きたくて場所を探しました。

スターバックスがあったので入りました。

混んでいて、並んで注文しました。

どこへどう並んで、どう注文していいのか、まごまごしました。

店員さんが「先にお席をお取り下さい」と言ったので、ちょっと驚きました。

私たち、「席は先に取ったらダメ」と母や先生に教わった世代だからなのでしょうね。

チキンシーザーサラダラップというものと、ホットミルクをやっと注文できました。

一人でこういうところへ入って、こういうブログを書いている(紙にです。)って初体験です。

(そう言えば、オバマ大統領の就任演説の原稿もニューヨーク?のスターバックスで書かれた(打たれた)らしいですね)

あ、そうそう、箱庭の勉強会ですよね。

その人その人の表現が全く違うことを改めて知り、また、その違いをそのまま無条件に受け入れること、違いを「なぜ?」と自分の胸に問うことの大切さを再確認しました。

午後4時まで参加します。

浦和カウンセリング研究所の近くへお越しの折は、箱庭を作りに寄って下さい。

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