男って何?女って何?【夫婦編】「僕には君が必要ってそういうこと!?」

 
Q. 
結婚して1年です。私は初婚、夫はバツイチで5歳の男の子がいます。子どもが私になついていたし、「僕には君が必要なんだ」という夫の言葉で結婚を決めました。
 
子どもは保育園に預けていて、半年くらい前までは、交代で保育園への送迎をしたり、家事を分担したりしていました。
 
ところが最近、「今日は仕事で遅くなる」とか「断れない飲み会がある」とか言い出して何もしなくなり、今では子育てと家事はほぼ私の役割になりました。「僕には君が必要」ってこういうことだったんですね。結婚前に家族のあり方についてずいぶん話をしたのに、まさかこんな人だったとは…。
 
今では結婚を後悔していますが、「ママ」と言ってくれるようになった息子を放って離婚する決心がつきません。
 
A. 
人が生き生きと幸せに生きるために必要なことは、生きがいを持つことです。そして「生きがい」とは「自分が必要とされている」ということです。
人は自分が「必要とされている」「出番がある」ということで、どんなにつらい時も生き抜くことができます。逆に自分が「もう必要とされていない」「出番がない」という状況に陥ると「死んでもいいかな」という気持ちになります。
 
あなたは夫である男性から「僕には君が必要なんだ」と言われ結婚を決めましたが、もっともなことだと思います。あなたにとって「出番」が必要なんですから。
 
ところがその「出番」が「妻」の役割というより引き取った5才のお子さんの母親、家事全般をこなす家政婦としての出番だった。結婚前に家族のあり方について話をなさったにも関わらずです。当然その話の中には当時4才だった男の子の母の役割や家事の分担の話もあったことでしょう。
 
けれどもあなたが考えていた以上に義母や家政婦としての役割が重かった、だから離婚を考えているということですよね。とは言え5才になった男の子が、結婚前からなついていて、今では「ママ」と呼んでくれている、この子を放って離婚する決心がつかないと苦しんでいらっしゃる。あなたは優しい方ですね。
 
ドイツの発達心理学者エリクソン(1902 -94)によれば、4才から5才の幼児期はその子の人生を決定する大切な時期に当たり、その年齢の発達課題を「自発性の獲得」として、この課題をうまく乗り越えれば子どもは「目的意識」を持てる人間として成長することができると言っています。
 
女性には、自分が産んだ子でない子の育児も含めて、こうした母としての役割、夫や子どもの食事、身の回りの世話、夫や自分の親の介護、そして最後は夫の看護と看取り、と一生誰かの世話をする役割が押しつけられ、自分が「本当の自分」として必要とされる場がありません。今の夫にとってそれら全部を含めて「あなたが必要」だったのでしょう。
 
ジェンダーギャップと言われる女性の役割だけを押し付けられることを拒否して、なついているお子さんの母としての役も降りるのか、もう一度、夫婦で「家族のあり方」について話し合ってみてください。
case63
 

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