男って何?女って何?【恋愛編】「バレンタインデーまでには彼氏がほしい」

 
Q. 
ああ、また新年を迎えてしまいました。「ひとりクリスマス」は寂しくて、女友達とディズニーランドに行きました。それも23日に。彼女はイブに彼氏と過ごすので前日だったんです。でも、かえって辛くなって…。大晦日は家で両親と紅白歌合戦を見て、そのあと近くの神社に初詣に行きました。去年と同じパターンです。私も今年で27歳、彼氏いない歴にも終止符を打って、バレンタインデーまでには彼氏がほしいです。義理チョコをたくさん買いに行く時の惨めな気分は味わいたくないです。結婚で男性に縛られたくはないんですけど、楽しい独身生活のためにはやっぱり彼氏が必要ですよね。手っ取り早いのは合コンですけど、お持ち帰りだけを狙っている男性にもうんざりなんです。
 
A. 
「楽しい独身生活のためには、やっぱり彼氏が必要」と言っている通り、あなたは、自分の楽しみのために彼氏が欲しいだけですよね。そんな自分本位というか自己中心的な考えで彼氏が欲しいと思っているうちは、ずっと「ひとりクリスマス」「ひとり新年」に「義理チョコバレンタインデー」を繰り返して、おばあさんになること受け合いです。彼氏、恋人って、その人の幸せのためなら何でもして上げたい、命も惜しくない、という感覚が必要ですよね。クリスマスツリーやイルミネーションじゃあるまいし、点いたり消えたりして楽しませてくれればいいというものじゃありません。
 
27歳だから彼氏いない歴に終止符を打ちたいというのも自分の年齢を基準にした相手を無視した考えです。これも「私はこれ以上、年齢が上にいくと、顔のシミやシワも増えるし、子どもも産みづらくなる、若くてまだきれいなうちに少しでもいい相手を見つけよう。そして自分の都合のいいように動く男性にバレンタインのチョコを上げればいい」と。そんな考えが根底にあり、相手への優しさとか思いやりとか、そういったものは一切感じられません。「合コンでお持ち帰りだけを狙っている男性はイヤ」とおっしゃっていますが、女性のあなたが、積極的にホテルに誘うとかしていないだけで、「お持ち帰りを狙っている」ことに変わりはありません。
 
出会いは、いつ、どんなところで、何がキッカケであるのか、誰にもわかりません。ゲシュタルト療法の生みの親、フレデリック・サロモン・パールズの「ゲシュタルトの祈り」の詩のように「私はあなたの期待に添うためにこの世に生きているのではない。あなたも私の期待に添うためにこの世に生きているのではない。あなたはあなた、私は私である。もし、たまたま私達が出会うことがあれば、それは素晴らしい。もし、出会うことがなくても、それは致し方のないことである」ということです。パールズは、「今、ここ」での「気づき」を得ることが大切で「ゲシュタルト=物や人を部分部分の和としてではなく全体像としてとらえよ」と言っています。相手を自分の都合のいい人間に仕立てれば、相手もあなたをそのように見ます。
 
どうか今年こそはその根本の間違いに気づいていただき、自分の内面をフォーカスし、相手に思いやりの心を持つ努力をしてください。あなた自身の考えを変えない限り「ひとりクリスマス」は続くでしょう。
case58

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