【夫婦編】「時間や予定に細かい夫」

【Q】
夫とは職場で知り合いました。真面目できっちり仕事をこなす夫の姿を見て、この人だったら結婚しても安心と思って結婚しました。結婚を機に私が転職し、今は別々な会社に勤めています。まだ子どもはいないので、待ち合わせて一緒に外食をしたり、二人で旅行をしたりすることも多いのですが、時間や予定にかなり細かい人なので、ちょっとでも時間に遅れたり、予定が変わったりすると不機嫌になります。例えば、私のせいでレストランの予約に10分でも遅れようものならすごい勢いでなじられるし、自家用車で旅行に行ってもまるでツアーのようにあらかじめ決めた予定を変えようとしません。「××に何時、××に何時、××に何時」っていう感じ。いい場所があって、もうちょっとそこにいたいと思っても、「じゃあ、次に行くよぉ」。なんか心がないですよね。声は優しいんですけど、私にはその声が悪魔の声みたいに聞こえるんです。

【A】
サン・テグジュペリの「星の王子様」に「本当に大切なものは目には見えないんだよ」という言葉が出てきます。あなたのパートナーは「本当に大切なもの」って何なのかまだよく分からないのかもしれません。具体的に目に見えたり、手に触れたりしないと気がすまなくて、次々と場所を移ったり、時間に細かくなったりするのではないですか。お二人の場合「本当に大切なもの」は例えば、どこでどんな景色を見ようと、どんな名所・旧跡へ行こうと、そこで「二人でいられることの幸せ」をかみしめ合ったり喜び合ったりすることなのだと思うのですが、いかがでしょうか。

だからレストランの予約に遅れても、旅行の予定が多少狂っても、すでに「レストランを二人で予約する」「旅行の予定を二人で立てる喜びと幸せ」を大切にしたい、あなたはそう考えているのでしょう? でも、パートナーは違う価値観の持ち主だった。でも、この「人生についての価値観」というそれこそ結婚生活のなかで「目には見えないけれど大切なもの」は、あなたが職場で「真面目できっちり仕事をこなす夫を見てこの人だったら安心」と思った時から、実は分かっていたのです。そしてあなたも、「きっちり、きっかり安心」の人生を生きていきたいと思って結婚したわけですから。

もし、どちらかが10分、いえ30分、1時間遅れ、見られるはずの名所・旧跡が何カ所か見られなくなってしまったとしたとき、待ち合わせの時間に遅れてしまった相手を思いやり、遅れなければ見られたはずの美しい風景を二人で想像し語り合って「次に来る時の楽しみ」言い合える、そんな二人でありたい考えているあなた。

初めに行った場所が気に入れば、後の何カ所かは行くのをやめ、半日その場所にぼーっと二人で手をつないでたたずんでいたり、ふと歩いていた道ばたのスミレやきれいな石ころに歓声を上げたり・・・、目的によって喜びを感じるのではなく、その瞬間、瞬間の出来事に
よって喜びを感じたいと思っているあなた。
さてあなたは、「次に行くよぉ」という夫の声は「悪魔の声」とおっしゃっていますが、もし夫が10分遅れたり、満開の桜を見ようと行った桜の名所が三分咲きだったりしたら、あなたはそれでも「あなたが10分遅れたからちょうどお腹も空いてきた」とか「この桜が満開になったらさぞきれいでしょうね」と、彼と一緒にいることを心から喜びとして感じることができますか?

「花はさかりに、月はくまなきをのみ見るものかは。雨にむかひて月をこひ、たれこめて春の行方知らぬも、なほ哀に情ふかし。」(徒然草 第百三十七段)

「真面目できっちり仕事をこなす夫の姿を見て、この人だったら結婚しても安心」と考えたあなた。「時間や予定にかなり細かい夫」に、待たされたり予定を変えられたりした経験のないあなた。もしあなたが、待たされる側であったり、予定を変えられたと感じる側であったとしたら、あなたも不機嫌に、魔女のような声を発するのではりませんか。
もう一度自分をふり返り、価値観を少しずつ折り合わせて、お二人で「目には見えないけれど大切なもの」を探す人生の旅を続けてください。

第23回

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