男と女のQ&A【子親編】「義母が先に亡くなって…」

【Q】
夫とは24歳で結婚しました。それから28年、2人の子どもは独立して、これから夫と2人でゆっくり過ごそうと思ったのも束の間、義母が急に亡くなり、義父の面倒を見るため同居することになりました。もし、残されたのが義母だったら、おそらく施設に入居して介護は考えなくて良かったと思うんですが、義父は施設は嫌いなので、私が介護するしかなかったんです。義父はまだ70代。まだまだ充分男を感じさせる雰囲気の人で、本人も男としての意識を持ち続けています。義母があまりにも突然他界してしまったので、義父は現実を受け入れられていないようで、これまで義母に面倒を見てもらっていた感覚が抜けず、義母の代わりを私にさせようとします。私にとってはまるで夫が2人いるよう…。しかも世代が違う分、義父は夫よりも傲慢で、私の感覚では受け入れがたいことばかりで、毎日怒鳴り出したくなります。
 
【A】
人が老いを受け入れるのはいつ頃なのでしょうか。何歳になったら老人かということは個人差が大きく明確にすることは難しいので、一般的には65~74歳が前期高齢者、75~84歳が後期高齢者、85歳以上は超高齢者と3期に区分されています。しかし、アメリカのJ・タックマンによると70歳代で自分を老人と認める人は38%で、62%の人は「まだ若い」と思っているとの調査結果を発表(1953年)しています。
このように老性自覚の個体差の巾は大きなものとなっています。そして「老いを自覚する契機」として70%以上の人が「視覚の衰え」「易疲労感」「疲労回復困難」を挙げています。(新井保男著 老年心理学)老年期は喪失の時代でもあり、体力の衰え、記憶力の低下、人間関係の縮小、同世代の人や配偶者の死によって自分も老いを受け入れていく過程でもあります。ところがあなたの義父は70代ということや体力的にはまだ元気で、しかも急逝された義母にしっかり面倒を見てもらっていた生き方のくせが抜けず、息子であの妻であるあなたを義母の代わりにしています。あまりにも自分の妻の死が突然で、現実を受け入れがたいのです。
これもアメリカのキューブラー・ロスは「死ぬ瞬間」(1969年)という画期的な著作の中で「人が死を受容するには5つの段階がある。①否認 ②怒り ③死の代償として何かを望む取引 ④抑うつ ⑤受容 の5つの段階である」と言っています。
これは多くの臨床患者本人とのカウンセリングの経験から死の受容に至るまでの心の変遷を明らかにしたものですが、実は義父もまだこのプロセスを完了していないのです。①自分の妻が死ぬわけがない ②自分を残してなぜ先に死んだ! ③私の面倒は誰が見るんだ!? の段階のように思われます。現実を受け入れ始めると、④妻は私を残して死んでしまった、息子の妻は私の妻ではないのだと落ち込む「抑うつ期」がやってきます。それを経て、人は自分や近親者の死を現実として受け入れ、運命に身を任せ、運命に従っていくのです。
あなたのご心労も分かりますが、ここは夫にも協力してもらい、もう少し時間を稼いで、義父が妻の死を受容できるよう待ってあげていただけませんか?今、やみくもに「私はあなたの妻ではありません!」と声を荒げても、義父はかえってキューブラー・ロスの言う①否認や②怒りに戻ってしまうと思われます。
第125回

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